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Communication

2011.05.25.Wed.13:16
Twitterで、ちょろっと触れたことだけど、自分の記録としてブログにも書くことにしました。
大変、個人的なことだから、音楽映画に関係ない記事に興味のない方はスルーしちゃってね。





昨日、久しぶりに精神的にイヤなことがあった。
インターネット上で仲良くしていた友人から、私の人格そのものを否定するようなことを言われたのです。
親しくしていた人なので、かなり落ち込んだけれど、考えてみれば、その人だって完璧ではないのに、「お前のこういうことろがイヤだから直して欲しい」というのは、傲慢ではないだろうか。

私も若いときは、自分と違う価値観や性格に対して、直してくれたらいいのにと思ったこともある。
でも、自分が心地良くなるために、他人の人格を治そうという考えこそが、ワガママで、そう思えば思うほど自分が苦しくなる。なぜかというと、他人を完全にコントロールするなんて、誰にも出来ないから。

だから今は、相手を変えることは考えず、その人の全体像を見て、相手とどう付き合うか、自分側の接し方を考えるようにしてる。自分の行動なら、コントロールできる。

結局、こういうところを直せと言ってきた友人とは、距離を置くことにした。
相手は自分が正しいと信じているだろうけど、それは仕方ない。そう感じる気持ちを否定する権利も、私にはない。

でも、感じの悪いラストはイヤなので、まあ何かできることがあったら連絡ちょうだいと言っておいた。ただし、私の良いところを思い出したらにしてね、と。攻撃され続けるのはたまらないし、それに耐えなくてはいけない理由もない。(仕事仲間など、利害関係のある人ではないので)

欠点があるのはお互い様だけど、のど元を過ぎれば、お互い許しあえる、というのがいいな。
何となく許してしまう、許してもらえる、という。そういうゆるさも、時には必要かなと。

もちろん、具体的に害を及ぼすようなことをしたりされたりは駄目なんだけど、価値観の違い、性格の違いくらいは当たり前のこと。というか、自分と全く同じ人なんていないよね。だから、相手に逃げ場を与えないくらい追い詰めるほどのことはないと、だんだん思うようになった。

距離を置いた人も、何ヶ月か何年か経って、「あんなこと言っちゃったけど、楽しいこともたくさんあったな。」と思い出してくれれば嬉しいかなと思う。

そのときに「いまさら何を!」なんて目くじら立てずに、「あら久しぶり」と言おう。


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